清志郎へ
清志郎が大好きだ。
清志郎が作る音楽も歌詞も歌声も清志郎が奏でるギターもステージパフォーマンスもジョークも化粧した顔も素顔も語る言葉も考え方も生き方も過去の清志郎も今の清志郎も清志郎が大好きな自分も彼も。全部大好きだ。
そのことを今、癌と戦う清志郎に伝えたい。
その想いが少しでも清志郎の力になればいいと思う。
そしてどうかロックンロールの神様、清志郎に力を貸してあげて下さい!
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清志郎が大好きだ。
清志郎が作る音楽も歌詞も歌声も清志郎が奏でるギターもステージパフォーマンスもジョークも化粧した顔も素顔も語る言葉も考え方も生き方も過去の清志郎も今の清志郎も清志郎が大好きな自分も彼も。全部大好きだ。
そのことを今、癌と戦う清志郎に伝えたい。
その想いが少しでも清志郎の力になればいいと思う。
そしてどうかロックンロールの神様、清志郎に力を貸してあげて下さい!
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肩こりがあまりにひどいので、バリ式マッサージに行ってみた。
古くさ~いマンションの一室の扉を開けると、そこはバリだった。
と言いたいところだけど、バリには程遠い、でも何だか国籍不明なエスニックな雰囲気の室内。
スタッフの人たちも、バリ風の衣装を着て、まあそれ風にはなっていた。
頭に海草クリームを塗りたくられ、ぐりぐり、むにゅむにゅ、こつこつされ、最後には、一まとめにしたわたしの髪を「くいくいっ」と引っ張ったりしてくれた。これはなかなか気持ちよかった。
その後、肩と背中にたっぷり何か(?)を塗りたくられ、ぐりぐりぐりぐりとさすられた。こっちはあまりレパートリーがないのか、ぐりぐりだけだった。ひどい肩こりのわたしには、これは優しすぎて、ちょっと物足りない感じだったが、まあ血行がよくなるんだろう、ということで事後の効果を期待して物足りなさも我慢することにした。
まあ、そんなこんなで1時間のマッサージが終わり、お店を出て、「気持ちよかったね~」なんてことを言い合いながらてくてく歩いている頃から、なんだかヤバイ雰囲気が肩や背中に漂っていた。
家に帰ってからもヤバイ雰囲気は続いていたので、すぐさまお風呂に入り、塗りたくられた何かを丁寧に洗い流した。
ところが!
翌朝目覚めると、やたらかゆい!ああやっぱり・・・。そう、わたしは塗りたくられた何かにかぶれてしまったよ~!
この2日間、ぶつぶつは増える一方で、かゆくてかゆくてかゆくてかゆくてたまらない。
本当にかゆいかゆいかゆい!!!
明日は皮膚科に行くつもり。
わたしは肩こってただけなのに。。。身体をほぐしてほしかっただけなのに。。。
なんで皮膚科にいかなあかんの~。
かゆいよ~。
みなさんも塗りたくられる何かにはお気をつけください。
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大人になると、それまで長らく当然のことと信じていたことが間違いであったと指摘され、とても驚くことがある。
たとえば。
私はテレビアニメ「ルパン三世」の初めの歌は、"ルパン ルパ~ン♪"」というコーラスだと思い込んでいて、最近も思いっきりそれを口ずさんでいると、「それ、"ルパン ザ サード♪"やで」と指摘された。ショックだった。
「8時だよ!全員集合」の終わりの歌で、カトちゃんが合いの手を入れるところは、"ハ~、ビバノンノン"」だと私は信じて疑わないのだが、最近、「それ、"ハ~、ビバドンドン"やで」と言われたりもした。
これは私は信じていない。
個人的には、"ルパン ザ サード♪"と英語まじりで歌うより、"ルパン ルパ~ン♪"と連呼するほうが、よっぽどルパンへの想いが感じられてキャッチーだと思うし、ビバドンドンも一気に和風になってしまってかっこ悪い。ビバノンノンのほうがポップで良いと思う。
長年信じ込んでいたことを覆すのはそんなに簡単なことではない。
大人になると、なかなか素直には間違いを認められない。
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佐藤可士和さんという人は、世間はみんな知っている方なのかなあ。私はたまたま昨日の夜NHKでやっていた番組を見て知ったのだけれど・・・。
一応知らない方のためにご紹介しておくと、佐藤可士和さんは元々博報堂のアートディレクターで、若いうちからその才能を開花させていた人らしいです。数年前に独立し、サムライとかいうオフィスを設立されたそうです。
キリンの極生とか、SMAPのCDジャケットとか、楽天のRのロゴマークだとか、様々な分野の広告を手がけていらっしゃいます。
彼のキャリアの中でも転機となったのは、ホンダのステップワゴンのCMだそうです。オブラディ・オブラダの音楽をバックにクレヨン画で書かれた絵が動くCMで、キャッチコピーは「子どもとどこへ行こう」というもの。覚えてますよね。
若い頃から彼はかっこいい広告を創る人だったようですが、あるとき社内で「かっこつけててかっこ悪い」と評され、それでえらく落ち込んでしまった。どうしていったらいいのかと悩んでいる頃、あるコピーライターの方と仕事をしたときに言われた言葉で一気にクリアになったのだそうです。それは、「対象物を見ろ」というもの。全てはその対象物の中にある。それ以来彼は、もうイメージが湧いてこないんじゃないかという不安は一切感じなくなったのだそうです。じっとその対象物を見つめていれば、必ずその中にヒントはあるという確信を持っているのだそうです。
私はアーティストでもクリエイターでもないけれど、それはすごくいい言葉だなあと思いました。何かというと、周りやどうでもいいことにばかり気をとられてしまう。でも、大事なのは本質を見続けることだな、と。表層的なことに囚われず、自分が一番深いところで感じられるものを大切にするというのはすごくイイなあ、と。私はそういう人になりたい。
佐藤さんの広告はとても斬新で独創的でかっこいいのだけれど、奇をてらったりしているのではなく、とことんまでその対象物を見つめた中で感じたものを一番分かりやすい形に表現しようとして、結果としてかっこよくなっている。そんな風に思いました。
ああ、「きままjournal」のくせに、まじめに語ってしまってちょっとはずかしい・・・。
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昨日は、滋賀県草津市の友達の家に新年会をしに行ってきました。といっても、女3人でだらだらだらだらとしゃべり、飲み、つまんできただけなのですが、めずらしく飲みすぎて、友達と別れて一人で帰りの電車に乗る頃はかなりべろべろ状態でした。
草津から大阪行きの新快速に乗り、運良く窓際の座席を見つけてどかっと座り込み、「あ~しんどいなあ」とか思いつつ「そろそろ京都かなあ」と思って顔を上げると、なんとそこは新大阪でした。
一瞬、何が何だか訳がわからず、数秒ぼけっとしてしまいました。どうやら私は、草津から新大阪までの約40分間も、眠りこけていたようです。しかし眠りに落ちた記憶(?)が全くない。確かに目は閉じてたけど。寝たつもりなんかない。む~、恐ろしい・・・。
ここで思い出しました。幼稚園か小学生ぐらいの頃、朝お母さんに呼ばれて目を覚まし、2階から下の部屋に降りていくのですが、いつもきまって階段の途中から記憶がなくなり、気がつくと居間の入り口の扉の前にいるのです。何で自分がそこに立っているのか毎朝分からなくなりました。もしかして私は階段の途中から空中を飛んでふわっと(そして、すたっと)居間の前に降り立っているのではないか!と自分の人間離れした能力を意識したのです。
大いなる自分の可能性を信じた私は、次の朝、いつものようにぼおーっとするのをやめて明確な意志をもって飛んだのです、階段の下から6段目ぐらいのところから。ふわっと、そして・・・。
もちろん、激しく足やらおしりやらを打ちつけ、ついでにそこらへんの置物もがらがらと崩し、母からは怒られ、兄からは冷たい視線を送られたのでありました。
という感じで、私はときどき記憶喪失になる(または瞬間的にとても深い眠りに入り込める)ということが判明しました。
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山陰地方の田舎から関西に出てきて結構長い。なので今では関西弁もストレスなく話せるようになっている。
でも、当初は戸惑い、文化の違いを感じる場面が多くあった。
特に女の子たちの話す関西弁にはかなり驚き、当時はえらく下品な気がしたものだ。
けれどやはり関西弁はとても面白いと思う。
例えば、「目」とか「手」とか「胃」とか、一文字で発音する単語は関西では必ず、「めえ」「てえ」「いい」と母音をくっつけて強調する。とてもコミカルだ。
私は大学時代、英文科だったのだが、関西出身の同級生たちの英語の発音には正直とても驚いた。いちいち母音を強く発音してしまうため、英語なのに関西弁なのだ。
色々と面白い発見は日々あったが、中でも特に気に入ったのが、「アホ毛(あほげ)」という言葉だ。
関西人でもこの単語を使う人と使わない人がいるので、もしかしたらかなり地域限定の表現なのかもしれないけれど、私の周りの子たちは皆この言葉を普通に使っていた。
A子「うち、最近めっちゃ枝毛多いね~ん」
B子「枝毛ぐらいええやん。うちなんか、アホ毛がすごいで」
とか、こんな感じで。
ご存知ない方のために言っておくと「アホ毛」とは頭のてっぺんに生えている短い数本の毛のことである。おばけのQちゃんの頭にあるやつみたいな。
短いせいで、他の毛たちと同じように大人しく寝ていてくれず、ぴょーん、ぴょーんとてっぺんで跳ねている毛のことだ。自由気ままで、わがままで、自己主張の強い毛。
それを関西の女の子たちは「アホ毛」というのだ。
なんて、洒落の利いたネーミング!
私は好んで、この単語を使っている。
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動物好きな人は世間に多い。
私は犬も猫も飼ったことはないし、飼いたいと思ったこともないけれど、でも自分は動物好きだと思う。
子供の頃は「野生の王国」や「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」で動物の生態を見て、驚いたり、怖くなったり、哀しくなったりしてた。
実は最近(といっても数ヶ月前)、夜中にベッドに入ってぼんやりとNHKを観ていたら、なんかアフリカのどっかの沼地に住む怪鳥(とにかくやたらデカイ)の特集をやっていた。
半分眠りに落ちながら観ていたので、地名も鳥の名前も全く覚えていないのだけれど、とにかく、1m以上はあるデカイデカイ鳥だった。そのデカ鳥は、何時間も何十時間も全く動かずまるで銅像のようにつったっている、沼のへりで。本当に全く動かない。顔はマスコミのインタビューにイライラするサッカーの中田英寿選手のような鋭い顔のくせに、とにかくじ~っと大人しくしている。TVのこちら側で見ているわたしの眼にも、存在感を感じさせないぐらい、乾いた風景の中で木とか石とかに成りきっている。
そして、何時間か何十時間か経過した後、「抜き足・・・差し足・・・忍び足・・・」ってな感じで動き出す。その足の出し方がやたら面白い。彼は(あるいは彼女は)何を待っていたかというと、その沼地の水面にごくたまに顔を出す魚(この名前も忘れた・・・)の登場を待っていたのだ。突如として、素早い動きを見せたデカ鳥は、あっという間に水面の魚をくちばしで捕らえる。電光石火という感じだ。
何も具体的な情報を提供できないけれど、とにかくとてもおもしろかった。
そして、何かものすごく寂しい気持ちにもなった。あのデカ鳥は今この瞬間にも、遠くアフリカの沼のへりで、いつ現れるともしれない魚を待ち続けているのだ。一体その間、彼は(あるいは彼女は)何を考えているのだろうか。なんか、中田英寿的な顔のせいもあるかもしれないけれど、ちょっと賢そうなのも心惹かれた。
この鳥の情報をお持ちの方はぜひお知らせください。
ああ、私って動物好きだなあ。
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